神社に行くと思う事があります。
『字が読めねぇ~!』{笑}
そうなんです。
石碑に書いてあったりする文字がとにかく読めない事が多いのです。
単なる旧字とかなら調べればまあ分かります。
でも、『昔の日本人、完全に遊んでるだろー!』ってのが多いんですよね。
デザインと言えばデザインなんですが、こうして文字って変わっていくのだろうなって思います。
例えばこの百度石。
読めなくはないんですよ。
でも度の下側の所が突き抜けていますよね。
調べると百度石の多くで確認できるんですが、これ、どっちが正しいんですかってレベルです。
旧字を調べてもこの字はないんですよね。
神社特有、或いは石に彫る時特有の文字なのでしょうか。
続いては遥拝石。
なんだか点が多いですね。{汗}
拝は拜 という旧字らしき字は存在しますが、石に彫られている文字とは違います。
といいますか、旧字らしき文字、或いは石にある文字の方がバランスが良くていいのですが‥‥
遙は今も残る字ですが、書き方というか筆の入れ方が逆じゃないですか?
完全に遊んでますよね。
これも天満宮と読めますよ。
でも天って字は、上が長いのです。
下が長い天は普段は見ません。
しかし天満宮の社号標をざっと確認すると、むしろ下が長い天の方が普通なのです。
どういう事でしょうか。
そしてこの満という字。
滿という旧字らしき字は存在しますが、それとも違いますよね。
これは単純に石に彫れないとか、見た目が悪いってので変えたのだとは思いますが、つまりそういう理由なんでしょうか‥‥
『なんでだ?』なんて思って書き始めたブログでしたが、最後は自分で勝手に結論に至りました。{笑}
石に彫るという理由で、彫りやすい字にしているって部分、或いは見栄えを考えているのですね。
そういえば江戸文字というものも存在します。
勘亭流のような歌舞伎文字だったり、相撲文字もありますね。
こういう文字にする理由としては、お客が満員御礼になるように、文字を枠内にびっしりと書いて願うという意味もあるそうです。
神社の文字にも、もしかしたらそういう何か想いが詰まっている可能性もありますね。
文字が読めないとブーブー言っていた私ですが、ブログを書いていく中で、そこから当時の人の想いが読み取れる可能性に気が付きました。
天満宮の天の字が下長になっているのにも、何か理由や想いがあるに違いないのです。
その辺り考えるのもまた、神社の楽しみなのかもしれませんね。